七夕まつりが全国的に行われるようになるのは江戸時代に入ってからです。五節句(「七草の節句」「桃の節句」「菖蒲の節句」「七夕の節句」「重陽の節句」)の一つになることで庶民の間にも広まりました。五節句は邪気を払い健康に過ごせる願いを込めていとなまれますが、「七夕の節句」は特に習いものや学問の向上を願うものとされています。
ところで現代、7月7日といえば梅雨の真っ最中。これでは織姫と彦星ぜんぜん会えない…。
ですが、江戸時代もっと高確率で2人は星空の逢瀬を楽しむことができたはずなのです。というのは、江戸時代の7月7日(旧暦)は現代の暦(新暦)では8月10日ほどにあたるから。改暦よって、織姫と彦星が逢える確率はグッと減ってしまったといえそうです?